- 投稿 2019/08/12
- 音楽(YMO系)

私は、年代的に、「YMOチルドレン」に当たり、音楽に関心を持ったとき、YMOがあった。
まだ、ビートたけしが、「ツービート」として漫才をやっていた頃である。(これ以降、笑いの文化が変わったと言われているが、それはさておいて)。このアルバムの「コンピューター・ゲーム」(シーソーでジャンプして、風船を割るゲーム。日本版ジャケットの素材でもある)は、実際やったことがある。
YMOは、DNAレベルで染みついていると言っても決して大げさではない。この気持ちは、リアルタイムでYMOを聴いていた人には分かってもらえると思う。
だから、YMOが「酒の肴」にでもなった日には、それはもう、止まりません。
YMOに関しては、思うところもいろいろあるし、何より私の人生自体YMOなしには考えられないので(←本当にそう思ってます)この自分メディアに雑記を残していこうと思う。
関心のない人にとっては、ついていけない内容になると思われるので、その場合はスルーしてください。でも同意いただける奇特な人いたら、ぜひ酒でも飲みながら語りたい!と思っています。
概要
Yellow Magic Orchestra (イエロー・マジック・オーケストラ)という名称は、細野が1970年代後半に提唱していたコンセプト「イエローマジック」から来ている。これは白魔術(善や白人などの象徴。特に白人音楽)でも、黒魔術(悪や黒人などの象徴。主に黒人音楽)でも、そのどちらでもない黄色人種独自の音楽を作り上げるとして、魔術の色を人種の色にかけて提唱した「黄色魔術」(イエローマジック)である。細野がYMO以外で「イエローマジック」の名前を使用しているものとしてはティン・パン・アレーの曲「イエロー・マジック・カーニヴァル」、細野のアルバム『はらいそ』の作成者名義「ハリー細野とイエローマジックバンド」が挙げられる。また坂本のアルバム『千のナイフ』のライナーノーツの細野の寄稿文でも、イエローマジックについての記述がある。
wikipediaより
黒魔術でも白魔術でもない、黄色魔術という中庸な考え方もさることながら、やはり音楽そのものに「魔術」的要素が見え隠れしている気がする。
何かこう、別次元の世界とつながっているような、曲によっては異界に連れていかれるような感覚。
これが、私のYMO観です。
続く
