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  • 8月15日

    2019/08/15

    雑記帳

    戦争が終わった日。色々な諫めとして、好戦的な為政者へのブレーキとして、「敗戦記念日」と称するべきだ。という意見・考え方があるようです。それは理解できます。でも、 ...

  • 父を送る

    2019/06/01

    記録

    本日は、ご多忙中にもかかわりませず、多数ご参列賜りまして、まことにありがとうございます。私は、故山本重男の長男、山本繁でございます。喪主として、一言ご挨拶申し上 ...

豆ごはんを作ってみた。

 

豆ごはんを作ってみた。

 

・・・なにこれうまい。こういうシンプルな料理が好きなんです。定番化決定。
 

ちなみにエンドウ豆か、グリーンピースか、にはこだわりません。こまけえことはいいんだよ。
関西人こだわりポイントの「うすいえんどう」は別格なんでしょうが、関東には出回りません。。。
但し、米にはこだわる北陸人(いちほまれ使用)
酒・塩を投入するタイミングや、豆を一緒に炊くか別炊きか、など、いろんなレシピがありますが、総合して、1合分で下記のようにしました。
さやからいいダシが出るらしく、「さやと一緒に炊く」「さやの煮汁で炊く」というレシピもあるものの、そこまでこだわらず。自家栽培の無農薬ならアリかも。
 

【材料】
米:1合
エンドウ豆(グリーンピース):60~70g(さや付きで130~150gくらい)
酒:大さじ 1
塩:小さじ1/3(濃い味付けが好みの方には物足りないかも。少し増やすのもあり)

 

【手順】
洗米後、酒と合わせて炊飯器の白米1合の目盛りまで水を入れ、30分以上浸す。
エンドウ豆は、さやから出して水洗いし、水切りしておく。
浸した米に、エンドウ豆と塩を入れ、軽く混ぜて炊飯器のスイッチオン。
炊飯モードは「白米」で。
※水加減は、特に豆の分を増やさなくてOK
少量炊飯は、ちょっとの誤差が大きく響くので、水加減・塩加減が心配ですが、まあ失敗したら、GO TO雑炊でいいか、ぐらいの気軽さで。

 

8月15日

戦争が終わった日。

 

色々な諫めとして、
好戦的な為政者へのブレーキとして、
「敗戦記念日」と称するべきだ。

という意見・考え方があるようです。それは理解できます。

 

でも、個人的に「終戦記念日」いや「終戦日」でいいと思っています。
 
勝ち負けに意味を持たせるべきではない。

 

単に、「戦争が終わった日」なのだ。

 
 

・・・だからこそ
「靖国神社公式参拝」には異をとなえます。

 
「お国のために死んだ魂」を慰霊するために靖国神社に参拝といいますが、

 

わざわざ「靖国神社参拝」するという行動には、追悼とは別な、政治的なアピールがどうしても含まれます。

 
その政治的なアピールに関しては、ここでは深入りしません。

近隣諸国への憎悪を煽って得するのは誰なんでしょうね?とだけ言っておきます。

 

「靖国神社参拝」への批判には「じゃあお国のために死んだ人の慰霊を否定するのか」という返しが来がちですが、

戦没者慰霊なら、千鳥ケ淵戦没者墓苑に参拝すれば良い話で、

なんなら「自宅で瞑想」した方が、よっぽど追悼の誠は純粋だと思います。

(そもそも、戦争の犠牲になったのは、そして戦後復興の礎となったのは、軍人だけではありません。)

 
はっきり言いますが、戦争は悪であり、外交の失敗です。

「戦争の崇高な目的」が視座の高い話という体で強弁されたり、戦争を通じた国際戦略が美化されたりする考え方には与しません。

それは武器を売って儲ける存在の厚化粧です。

 
「靖国神社参拝」に関するやりとりは、

「一般的な美徳」と「為政者の本音」をセットにする「教育勅語」の論理のからくりと同じで、それは現在の「ネトウヨ」の詭弁にも通じます。

 

「教育勅語」は、親孝行等々の、それはもっともな道徳論が累々と述べられたあと、最後に「いざとなったらお国のために命を捧げよ」と帰結します。

「一般的な道徳」と「お国のために云々」とがセットになっているので「教育勅語」を否定すると、「親孝行等々を否定するなどけしからん!」となります。

そのねじれが問題なのです。

 
ワイドショーのノリで政治を語る人達って、往々にして正論の中に暴論を織り交ぜて、もっともらしくしてますね。

そして、その論法の源流は「論語」にあるという考え方もあります。

 
このあたりは、改めて別の項目で、掘り下げたいと思います。

 

イエロー・マジック・オーケストラ (概論 1)

私は、年代的に、「YMOチルドレン」に当たり、音楽に関心を持ったとき、YMOがあった。
 まだ、ビートたけしが、「ツービート」として漫才をやっていた頃である。(これ以降、笑いの文化が変わったと言われているが、それはさておいて)。このアルバムの「コンピューター・ゲーム」(シーソーでジャンプして、風船を割るゲーム。日本版ジャケットの素材でもある)は、実際やったことがある。

 

YMOは、DNAレベルで染みついていると言っても決して大げさではない。この気持ちは、リアルタイムでYMOを聴いていた人には分かってもらえると思う。

 

 だから、YMOが「酒の肴」にでもなった日には、それはもう、止まりません。

 


 

YMOに関しては、思うところもいろいろあるし、何より私の人生自体YMOなしには考えられないので(←本当にそう思ってます)この自分メディアに雑記を残していこうと思う。
 

関心のない人にとっては、ついていけない内容になると思われるので、その場合はスルーしてください。でも同意いただける奇特な人いたら、ぜひ酒でも飲みながら語りたい!と思っています。

 


 

概要
Yellow Magic Orchestra (イエロー・マジック・オーケストラ)という名称は、細野が1970年代後半に提唱していたコンセプト「イエローマジック」から来ている。これは白魔術(善や白人などの象徴。特に白人音楽)でも、黒魔術(悪や黒人などの象徴。主に黒人音楽)でも、そのどちらでもない黄色人種独自の音楽を作り上げるとして、魔術の色を人種の色にかけて提唱した「黄色魔術」(イエローマジック)である。細野がYMO以外で「イエローマジック」の名前を使用しているものとしてはティン・パン・アレーの曲「イエロー・マジック・カーニヴァル」、細野のアルバム『はらいそ』の作成者名義「ハリー細野とイエローマジックバンド」が挙げられる。また坂本のアルバム『千のナイフ』のライナーノーツの細野の寄稿文でも、イエローマジックについての記述がある。

wikipediaより

黒魔術でも白魔術でもない、黄色魔術という中庸な考え方もさることながら、やはり音楽そのものに「魔術」的要素が見え隠れしている気がする。
何かこう、別次元の世界とつながっているような、曲によっては異界に連れていかれるような感覚。
これが、私のYMO観です。

 

続く

父を送る

山本重男 葬儀

 

本日は、ご多忙中にもかかわりませず、多数ご参列賜りまして、まことにありがとうございます。
私は、故山本重男の長男、山本 繁でございます。
喪主として、一言ご挨拶申し上げます。

 

山本重男は、私の父であり、また経営者であり、空手家でありました。
幼き日の私にとって、そんな父は、まるで太陽のようでありました。

 

成長するにつれ、その存在を超えようと、挑みかかることもしばしばでした。
その過程を通して、生命力や、生きる力が育まれたように思います。

 

強い光を放つ太陽でした。
高い熱量を持つ太陽でした。
そして、すべてを見通す太陽でした。

 

時は流れ、その太陽は、遠いかなたに沈もうとしています。
しかし、太陽の子として、胸を張り、
堂々と見送ろうと、気持ちを新たにするものでございます。

 

ありがとうございました。

 
旭日単光章 山本重男

 
山本重男
2019年5月28日 心不全にて死去。享年79歳。

 

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